ワインを飲んで、「美味しい」以外の言葉が出てこない。
わたしたちもそうでした。このサイトでは飲んだワインに夫婦それぞれの感想を残していますが、7本ぶんを数え直したら、「スッキリ」という語を7本中5本で使っていました。 白でも泡でも赤でも、同じ1語です。

これは語彙が足りないからではありません。感じているものの正体を知らないからです。
しくみが分かると、言葉は自然に出てきます。順番に説明します。
1. 舌が分かるのは、5種類だけ
まず前提から。人間の舌が判別できる「味」は5つしかありません。
| 甘味 | 糖 |
| 酸味 | 酸 |
| 塩味 | 塩 |
| 苦味 | 苦味物質 |
| うま味 | グルタミン酸など |
ワインに関係するのは、実質「甘味」と「酸味」の2つです。まれに苦味。塩味とうま味は、通常のワインではほとんど問題になりません。
つまり、舌だけで感じ取れるのは「甘いか辛いか」「酸っぱいかどうか」だけということです。
それなのに、わたしたちはワインに「ベリーの香り」「バニラ」「土っぽい」といった、まるで味のような感想を持ちます。
では、あの豊かさはどこから来ているのか。
2. 「味」と呼んでいるものの大半は、香り
答えは鼻です。
風邪で鼻が詰まったとき、食事の味が分からなくなった経験があると思います。あれは味覚が落ちたのではなく、嗅覚が働かなくなっただけです。舌は正常に甘味も酸味も感じています。
わたしたちが「味」と呼んでいるものの大部分は、嗅覚が作っています。
香りには、2つの入口がある
ここが重要です。鼻から入る香りと、口から鼻に抜ける香りは、別の経路です。
| 入口 | いつ感じるか | |
|---|---|---|
| オルソネーザル(前鼻腔性) | 鼻の穴から直接 | グラスに鼻を近づけたとき |
| レトロネーザル(後鼻腔性) | 口の中から、喉の奥を通って鼻へ | 飲み込むとき、飲み込んだ後 |
同じワインでも、この2つで感じる香りは違います。
わが家の記録に、まさにこれを指した一言があります。
> 鼻に抜ける感じもいいよね
これがレトロネーザルです。口に含んでから鼻に抜けてくる香り。 「味わい」と呼ばれているものの正体は、ほとんどこれです。
ここまでが、感想が書けない理由です。 舌で感じる2種類(甘味・酸味)しか意識していないと、体験の8割を言葉にできないまま終わります。
3. 香りは、出どころで3つに分かれる
香りを闇雲に嗅いでも、言葉は出てきません。出どころで分類すると、嗅ぐべきものが決まります。
第1アロマ|ブドウそのものの香り
品種が持っている香り。果物、花、ハーブ、青っぽさ。
第2アロマ|発酵で生まれる香り
酵母の働きや発酵の工程で、ブドウには無かった香りが生まれます。
- バター、ヨーグルト … マロラクティック発酵。ジアセチルという成分が作ります
- パン、ビスケット、イースト … 瓶内2次発酵のスパークリングが、澱と長く接触して生まれる香り
- バナナ、キャンディ … 低温発酵の若い白や、マセラシオン・カルボニックで造られた赤
第3アロマ|熟成で生まれる香り
樽や瓶の中で、時間が作る香り。
- バニラ、ココナッツ、スモーク … オーク樽由来。バニリンという成分
- きのこ、落ち葉、なめし革、土 … 瓶熟成が進んだ赤
- 蜂蜜、ナッツ、カラメル … 酸化をともなう熟成
飲みながら使える、3択の振り分け
分類を覚える必要はありません。この3つで振り分けるだけで十分です。
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果物の香り → 第1アロマ(ブドウ由来)
甘いお菓子っぽい香り → 第2・第3アロマ(発酵・樽由来)
食べ物じゃない香り → 第3アロマ(熟成由来)
(土・革・きのこ)
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「甘いお菓子の香りがする」と気づけたら、それは樽か発酵のしわざだと分かります。ブドウの香りではない。それだけで、造り手が何をしたかが1つ見えます。
4. 「たとえ」ではなく、同じ物質が入っている
ワインの香りの表現は、詩的な比喩だと思われがちです。 実際には違います。
同じ香り成分が、本当に入っています。
| 品種 | 香りの表現 | 正体 |
|---|---|---|
| カベルネ・ソーヴィニヨン | ピーマン、青くさい | メトキシピラジン |
| シラー | 黒胡椒 | ロタンドン |
| ソーヴィニヨン・ブラン | パッションフルーツ、ツゲ | チオール類 |
| 樽熟成したワイン | バニラ | バニリン |
| マロラクティック発酵 | バター | ジアセチル |
ロタンドンは、黒胡椒に含まれているのと同じ物質です。「胡椒のような」ではなく、胡椒の香りそのものが入っている。
メトキシピラジンは、ピーマンに含まれるのと同じ系統の物質です。ブドウが十分に熟さないと分解されずに残るため、日照が足りない年や、早く収穫されたカベルネで強く出ます。
つまり「青くさい」と感じたら、それはブドウの熟度が足りなかったという情報です。感想ではなく、観察になります。
5. 渋みは「味」ではなく、触覚です
ここが、赤ワインの感想を書けるかどうかの分かれ目です。
タンニンによる渋みは、味覚ではありません。 舌の味蕾で感じているのではなく、口の中の「触覚」として感じています。
しくみ
唾液には、口の中を滑らかに保つタンパク質が含まれています。タンニンはこのタンパク質と結合します。
結合すると唾液が本来の働きを失い、潤滑が消えます。 その結果——
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口の中が乾く/ざらつく/歯ぐきが引きつる
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これが収斂感(しゅうれんかん)です。渋柿を食べたときと同じ現象が、口の中で起きています。
だから、酸と渋みは区別できる
| 感じる場所 | 起きること | |
|---|---|---|
| 酸 | 舌、頬の内側 | 唾液が出る |
| 渋み | 歯ぐき、口の中全体 | 口が乾く |
正反対です。 酸は唾液を出させ、渋みは唾液を奪う。
赤ワインを飲んだら、飲み込んだ後に口の中の状態を確かめてください。 唾液が湧いているか、乾いているか。それだけで、酸が主役か渋みが主役かが分かります。
渋みを表す言葉
| 感じ方 | 言い方 |
|---|---|
| 口が乾く、歯ぐきが引きつる | タンニンがしっかりしている/渋みが強い |
| 引っかからずに流れる | なめらか/やわらかい/シルキー |
| 粉っぽい、粗い | タンニンが粗い |
「粗い」は、若い赤や熟成が足りない赤で出やすい感じ方です。時間が経つとタンニンは結合して大きくなり、口当たりが丸くなります。古い赤が「まろやか」になるのは、このためです。
6. ボディの正体は、粘性と重量感
「ボディ」は重さのことです。 水と牛乳を口に含んだときの差をイメージしてください。
正体は、ワインに溶けている物質の総量です。
- アルコール … 多いほど粘性が増す
- 糖分
- グリセロール … とろみを生む
- 抽出物(タンニン、色素など)
グラスを回したときに内側を流れる「脚(レッグ)」は、主にアルコールと糖の量を反映しています。
ただし、度数と体感は一致しません
わが家の記録に、そのままの例があります。
| ワイン | 度数 | 感想 |
|---|---|---|
| ラ・カラ ヴェルメンティーノ | 13% | すごく軽くて飲みやすい |
| クラウディー ベイ ピノ・ノワール | 13.5% | チビチビ飲めるくらい濃い |
度数の差は0.5%しかありません。 それでも体感はまるで違いました。
理由は、ボディが度数だけで決まらないからです。酸が高ければ軽く感じ、タンニンや抽出物が多ければ重く感じます。 白と赤という違いもあります。
「アルコールが高いから重い」とは限らない。 これは覚えておく価値があります。
7. 余韻は、レトロネーザルの持続時間
飲み込んだ後、香りと味がどれくらい残るか。
数えてみると、驚くほど差があります。
| 秒数 | |
|---|---|
| 3秒以下 | 短い |
| 5〜7秒 | ふつう |
| 10秒以上 | 長い |
余韻の長さは、品質を測るうえで比較的分かりやすい指標とされています。値段の差が最も出やすいところでもあります。
飲み込んだら、次の一口まで少し待って、口の中に何が残っているかを確かめてください。 これは練習すればすぐできるようになります。
8. 温度で、全部変わります
ここまでの話は、すべて温度に左右されます。
| 温度 | 起きること |
|---|---|
| 低い | 香りが立たない。酸を強く感じる。渋みが硬くなる |
| 高い | 香りは開く。アルコールが目立ち、重く、ぼやける |
冷やしすぎた赤ワインが「渋い」と感じるのは、温度のせいであることが多いです。ワインが悪いのではなく、条件が合っていない。
ラベルに飲み頃温度が書かれていることがあります。わたしたちの手元にも実例があります。
| ワイン | ラベルの指定 |
|---|---|
| ハウメセラ カヴァ ブリュット | 4〜6℃(冷蔵庫で冷やしてください) |
| ボーバル・デ・サンファン | 18℃前後 |
14℃も違います。 感想を書く前に、まず温度を合わせる。それだけで評価が変わります。
9. 「ミネラル感」は、使わない方がいい
売り場のPOPやラベルでよく見る言葉です。しかし、記録に書くのはおすすめしません。
理由は2つあります。
1つめ。定義が定まっていません。 専門家の間でも「何を指しているのか」について議論が続いている語です。使う人によって指しているものが違います。
2つめ。「土壌のミネラルが味に出る」という説明は、科学的な裏づけが乏しい。 ブドウが土から吸収するミネラルの量は、人間が香りとして知覚できる濃度にはるか及ばないことが分かっています。
自分の記録に書いても、半年後の自分に伝わりません。
代わりに、具体的な言い方に置き換えてください。
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ミネラル感がある
↓
塩気を感じる/火打ち石のような香り/硬い印象
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同じことが、売り場の表現を借りてくること全般に言えます。
わが家でこんなことがありました。あるスペインの赤は、裏ラベルの目盛りで「重め・渋味強め」と主張していました。

ところが実際に飲んだ感想は、夫婦2人とも「軽くてグビグビ飲める」でした。
メーカーの自己申告と、自分の口が違うことは普通にあります。 書くべきは自分の口の方です。
10. 記録するときの順番
しくみが分かったら、あとは順番に確かめるだけです。
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① 色 濃い? 薄い? 紫がかる? レンガ色?
② 香り 果物/お菓子/食べ物じゃないもの、どれ?
③ 甘辛 甘さは残る?
④ 酸 唾液は出る?
⑤ 渋み 口は乾く?(赤のみ)
⑥ 重さ 水寄り? 牛乳寄り?
⑦ 余韻 何秒残る?
⑧ 料理 何と、どう合った?
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全部埋める必要はありません。 気づいたところだけで十分です。
ただし、②の香りと⑤の渋みは、意識しないと一生書けません。 ここだけは狙ってみてください。
「スッキリ」を3つに分解する
最後に、いちばん実践的な練習を1つ。
わが家が7本中5本で使っていた「スッキリ」は、実は3つの別のことを指していました。
| 実際の中身 | 言い換え |
|---|---|
| 酸が高くて引き締まる | 酸がしっかりしている/キレがある |
| 甘さが残らない | 辛口 |
| 重くない | 軽い/ボディが軽め |
次に「スッキリ」と書きたくなったら、この3つのどれかに置き換えてみてください。
置き換えられないときは、たぶん3つ全部が当てはまっています。それなら「軽くて辛口で、酸がある」と書けばいい。半年後の自分に、ちゃんと伝わります。
まとめ
感想が書けないのは、語彙の問題ではありませんでした。
- 舌が判別できるのは甘味と酸味くらい
- 「味」と感じているものの大半は香り、とくに口から鼻に抜ける香り
- 香りはブドウ由来・発酵由来・熟成由来の3層に分かれる
- 香りの表現は比喩ではなく、同じ物質が実際に入っている
- 渋みは味ではなく触覚。酸は唾液が出て、渋みは口が乾く
- ボディは度数だけでは決まらない
- 温度で全部変わる
仕組みが分かると、次に飲むときに確かめることができます。 「美味しい」で終わらないというのは、そういうことだと思います。
わたしたちも、ここから始めたところです。
※20歳未満の者の飲酒は法律で禁止されています。お酒は適量を楽しみましょう。


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